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はじめてのベルリン5

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ベルリンの壁が崩壊した時、私はまだ子どもだったけど、それでも興奮とともに報道されたニュースをぼんやりだけど覚えています。

ソ連とアメリカの冷戦は、子どもにとっても緊張感を伴う恐怖の対象でしたが、そのソ連もベルリンの壁も崩壊し、それら出来事の大きさを、今になってより重たく感じます。

壁を見るためにまず向かったのはチェックポイントチャーリー。
ベルリンに壁があった当時、アメリカと東ドイツの境界線にあった検問所だったところです。ちなみにチャーリーというのは単なるコードで検問所Cという意味だそう。チャーリーさんがいたわけではない模様。

恥ずかしながらこの歳まで、ベルリンの壁は朝鮮の38度線のような、東西ドイツ分裂の境界線上にあると思っていたのです。西ベルリンは西ドイツの飛び地で、そこをぐるりと囲まれたというのを行って初めて知ったのですが、そのことを知って急速にベルリンという街に、その時代に興味が湧きました。
世界史専攻でしたが歴史苦手女子でして、あまり興味もなかったし、受験ではもっと古い時代ばかりやっていて近代史は手薄・・・というパターンに陥ったタイプなんですけど、やはり実際に行って触れると関心を持ちますし、歴史は私と同じ人間が紡いできたものだということが分かるくらいに年をとったこともあると思います。

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ベルリンは現在も首都ですが、東西分裂時は東ドイツの首都であり、東ベルリンはソ連が統治する東ドイツ。西ベルリンはアメリカ、フランス、イギリスの3か国が分割統治するという本当に複雑な歴史を持った街です。
ドイツ連邦共和国基本法においては、将来の統一を想定して法的な首都はベルリンと定められたという辺りに、西の愛を感じます。

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先日、「ブリッジオブスパイ」というスピルバーグの映画を見たのですが、冷戦真っ只中の米国とソ連で、お互いの国のスパイとパイロットが捕えられ、交換の交渉の場となるのが東ベルリンでした。交渉人となったアメリカ人の主人公は、西ベルリンに滞在しながら交渉場所として指定された東ベルリンへ向かいます。ここチェックポイントチャーリーは捕えられた学生が開放される場所で、映画には実際に訪れた場所が沢山出てくるし、壁を建設している映像などもあり、見ていて非常に興味深かったです。

今はアメリカ兵の大きなパネルが掲げられ、軍服を着たお兄さんたちが一緒に記念写真に納まってくれます。ピースとかしてて緊張感はゼロですが昔はこんな感じ↑だったらしいです。

で、肝心の壁なのですが・・・


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ここで見ることができるのはほんの一部。
これを背に、観光客が順番に記念写真を撮ります。脇では壁の欠片を売っていて、以前、壁の欠片をお土産に持ち帰っていた人がいたけど、ここで買ったのねぇと思いました。

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チェックポイントチャーリーの壁だけではあまりに当時の様子が分からないので、イーストサイドギャラリーまで行ってみました。こちらは数キロに渡り壁が残っていて、色んな人が書いた落書きでギャラリーのようになっています。

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「兄弟のキス」。
こんな有名な絵もありますが、単なる落書きもいっぱいです。
そしてベルリンは、壁に限らず街中が落書きだらけ!それもかなりレベルの高い落書きが多くてびっくりしました。

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写真では分かりにくいのですが、ところどころ壁が二重になっています。
ベルリンの壁は二重で、さらに有刺鉄線やセンサーなど、壁を超えるあらゆる手段を封じ込める手が尽くされていました。監視も24時間、脱走が見つかればすぐ射殺で、東側からは壁に近づくのも危なかったようです。壁崩壊の1か月前にも亡くなった人がいると聞き、切なくなりました。「ブリッジオブスパイ」でも、壁を越えようとして銃殺されるシーンが出てきます。

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この日の壁見学はこれで終わりだったのですが、別の日、もう一か所見に行きました。
地下鉄に乗って駅から歩いて向かいましたが、住宅街なのかな。とても静かな場所にあり、チェックポイントチャーリーとはまったく違う雰囲気。本当にただ以前の壁が残っているだけ、という感じで逆にリアルでした。壁がない部分は、以前あった壁と同じ高さのポールが立てられ、公園になっていました。

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壁沿いに博物館があるのですが、この日はあいにくお休み。でも屋上には上がれて、上から壁の様子を眺めることができました。

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監視塔も見えます。ここから常に人が見張っていたのですね。
ある日突然壁が建てられ、もう西側に行くことができないという現実。命を落とす危険を冒してまで、壁の向こうに行きたいと願った人たち。そういうことを思いつつ、屋上から壁を眺めました。

観光地となり、人が沢山くるスポットも大事なのだと思いますが、このような当時の様子がダイレクトに伝わってくるものも、残して次の世代に伝えて欲しいと思います。歴史は忘れられ、繰り返すものだからこそ。
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